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映画「ナポレオン」が公開されました。

神格化された彼は英雄か?悪魔か?
歴史に名を刻むフランスの皇帝ナポレオン・ボナパルトは、いかにして皇帝の座へ上りつめたのか。
戦争の話題が毎日のように取りざたされている昨今だからこそ注目されるべき作品だと思います。

ヨーロッパ各国を制圧しヒーロー視される一方で何十万人という兵士が犠牲になっており、
戦争が行われることが現在とかっぶて見えます。
人の命はそんなに軽いものかと考えさせられる映画でした。

当館所蔵のナポレオン作品も写真でアップします。

映画はフランス革命、マリーアントワネットの絞首刑のシーンからはじまります。


1804年12月2日は「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」が行われた日。
ナポレオン・ボナパルトの戴冠式はフランスのノートルダム大聖堂で行われました。
ナポレオンは伝統的なフランスの王室慣習に無意識に、自ら皇帝冠の姿勢を手に取り、自分で頭に戴くという姿勢を示し、妻であるジョゼフィーヌにも皇后として戴冠し、
二人の戴冠が同時に行われたことは異例のことであった。

ノートルダム大聖堂での戴冠は、カトリック教会との関係を強調しました。 ただし、戴冠の際にポナレオン自ら冠を戴く行為は、教会との権限関係においても彼の自主性を示すものでした。
また戴冠式には多くの軍の将校たちが参加し、軍事的要素が強調された。これはナポレオンが軍事力を背景に台頭した歴史的反省を反映している。

ナポレオンとジョゼフィーヌの関係も非常に興味深いものがあります。
ナポレオンとジョゼフィーヌは1796年に出会い1796年3月9日に結婚しました。ジョゼフィーヌはナポレオンよりも6歳以上で、前の夫と子供がいました。ナポレオンとの結婚によって彼の政治的地位を向上させる一方、彼女自身も政治的な影響を持つこととなりました。
しかし、二人の関係は複雑で ジョゼフィーヌはナポレオンにとっては愛する妻でしたが、彼女は子供をもうけることができなかった、ナポレオンの後継者を産むことができないため、ナポレオンはこれを憂慮し、最終的には離婚を決断しました。

ナポレオンのデスマスク

1809年、ナポレオンはジョゼフィーヌと離婚し、オーストリアのマリー・ルイーズと再婚しました。この再婚によってナポレオンは男子もうけ、後継者問題に一定の解決を見いだし、国民にも支持を得ました。
晩年のナポレオンは離婚した後もジョゼフィーヌへの愛情を持ち続けたことが映画ではみてとれます。

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